今より後の世を如何にせん

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【弔辞全文】「総理、あなたの判断はいつも正しかった」
安倍元総理国葬 菅義偉前総理の追悼の辞
|TBS NEWS DIG

2022/09/27



YoutubeでもTBSはいつも見ていなかったのですが、菅義偉前総理の弔辞を全部1本の動画にして下さっていました。心に刺さる、泣けてくる弔辞でしたので、シェアしようと思って、この動画を文字起こししてみました。

7月の8日でした。
信じられない一報を耳にし、
とにかく一命を取り留めて欲しい、
貴方にお目に掛かりたい、
同じ空間で同じ空気を共にしたい…その一心で現地に向かい、
そして貴方ならではの温かい微笑み…最後の一瞬接する事が出来ました。

あの運命の日から80日が経ってしまいました。
あれからも朝が来て、日は暮れていきます。

やかましかった蝉はいつの間にかなりを潜め、
高い空には秋の雲がたなびく様になりました。季節は歩みを進めます。

貴方という人が居ないのに、時は過ぎる。
無情にも過ぎていく事に、私は未だに許せないモノを覚えます。

天は何故、よりにもよって、この様な悲劇を現実にし、
命を失ってはならない人から生命を召し上げてしまったのか?
悔しくてなりません。

悲しみと怒りを交互に感じながら、今日のこの日を迎えました。
しかし、安倍総理とお呼びしますが、御覧になれますか?

此処武道館の周りには花を捧げよう、国葬儀に立ち会おうと
沢山の人が集まってくれています。
20代、30代の人たちが少なくない様です。
明日を担う若者たちが大勢貴方を慕い、貴方を見送りに来ています。

総理、貴方は
「今日よりも明日の方が良くなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたい」
という強い信念を持ち、毎日毎日、国民に語り掛けておられた。

そして「日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲き誇れ!」
これが貴方の口癖でした。
「次の時代を担う人々が未来を明るく思い描いて、初めて経済も成長するのだ」と。

今、貴方を惜しむ若い人たちが、こんなにも沢山居るという事は、
歩を共にした者として、これ以上に嬉しい事はありません。報われた思いであります。

平成12年、日本政府は北朝鮮に米を贈ろうとしておりました。
私は当選未だ2回の議員でしたが
「草の根の国民に届くなら良いが、
その保証がない限り、軍部を肥やす様な事はすべきでない」
と言って自民党総務会で大反対の意見をぶちました所、これが新聞に載りました。

すると記事を見た貴方は「会いたい」と電話を掛けてくれました。
「菅さんの言っている事は正しい。
北朝鮮が拉致した日本人を取り戻す為、
一緒に行動してくれれば嬉しい」と、そういうお話でした。

信念と迫力に満ちたあの時の貴方の言葉は、
その後の私自身の政治活動の糧となりました。

その真っすぐな目、信念を貫こうとする姿勢に打たれ、私は直観致しました。
「この人こそは、いつか総理になる人。ならねばならない人なのだ」
と確信をしたのであります。

私が生涯誇りとするのは、
この確信に於いて、一度として揺るがなかった事であります。

総理、貴方は一度、持病が悪くなって、総理の座を退きました。
その事を負い目に思って、二度目の自民党総裁選出馬を随分と迷っておられました。
最後には二人で銀座の焼鳥屋に行き、私は一生懸命貴方を口説きました。
それが使命だと思ったからです。

3時間後には、漸く首を縦に振ってくれた。
私はこの事を菅義偉生涯最大の達成として、
いつまでも誇らしく思うであろうと思います。

総理が官邸に居る時は、欠かさず1日に1度、気兼ねの無い話をしました。
今でもフト1人になると、そうした日々の様子がまざまざと蘇って参ります。

TPP交渉に入るのを
私は「出来れば時間を掛けた方が良い」という立場でした。
総理は「タイミングを失してはならない。やるなら早い方が良い」という意見で、
どちらが正しかったかは、最早歴史が証明済みです。

「一歩後退すると、勢いを失う。前進してこそ活路が開ける」
と思っていたのでしょう。
総理、貴方の判断はいつも正しかった。

安倍総理、日本国は貴方という歴史上かけがえのないリーダーを頂いたからこそ、
特定秘密保護法、一連の平和安全法制、改正組織犯罪処罰法等、
難しかった法案を全て成立をさせる事が出来ました。

どの1つを欠いても、我国の安全は確固たるモノにはならない。
貴方の信念、そして決意に、
私たちは永久(とこしえ)の感謝を捧げるモノであります。

国難を突破し、強い日本を創る。
そして真の平和国家日本を希求し、
日本をあらゆる分野で世界に貢献出来る国にする。
そんな覚悟と決断の毎日が続く中にあっても、
総理、貴方は常に笑顔を絶やさなかった。
いつも周りの人たちに心を配り、優しさを降り注いだ。

総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした7年8ヶ月。
私は本当に幸せでした。
私だけではなく、全てのスタッフたちが、
あの厳しい日々の中で、
明るく生き生きと働いていた事を思い起こします。

何度でも申し上げます。
安倍総理、貴方は我国日本にとっての真のリーダーでした。
衆議院第一会館1212号室の貴方の机には、
読みかけの本が1冊ありました。

岡義武著「山県有朋」です。
此処まで読んだという最後の頁は端を折ってありました。
そしてその頁にはマーカーペンで線を引いた所がありました。
印をつけた箇所にあったのは、
いみじくも山県有朋が長年の盟友伊藤博文に先立たれ、
故人を偲んで詠んだ歌でありました。

総理、今この歌くらい、
私自身の思いをよく詠んだ一首はありません。

語り合いて 盡しし人は 先立ちぬ
今より後の世を如何にせん

語り合いて 盡しし人は 先立ちぬ
今より後の世を如何にせん

深い哀しみと寂しさを思います。
総理、本当にありがとうございました。
どうか、安らかにお休み下さい。
令和4年9月27日
前内閣総理大臣 菅義偉


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