┐(´~`;)┌ C〇P体制が起こす災害は体制が続く限り終わらない

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河南省・鄭州で起きていることは隠しきれない人災、中国で起きた、
チェルノブイリ原子力発電所事故より酷い事故を知っていますか?
反省がない国で、歴史は繰り返す!
(字幕について、説明欄をご覧ください)

Harano Times 2021/07/22



皆さん、こんにちは。1986年4月26日ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で事故が起きました。その事故の名前を出すとある程度の歴史の知識や社会学の知識を持っている人なら聞いたことがあると思います。

それはあまりにも深刻な事故でソ連だけではなく、人類の社会にも大きな影響を与えました。しかしこのチェルノブイリ原子力発電所の事故を超えるもう1つの事故がありますが、あんまり知られていないです。

2005年有名なディスカバリーチャンネルが作った世界史に於ける人為的な核技術の過失による災害トップ10のランキングで、このチェルノブイリ原子力発電所の事故は2位でした。

その事故を超えたのは中国の河南省の北、板橋(バンチャオ)ダム決壊事故です。この板橋(バンチャオ)の書き方は、東京23区の板橋区の板橋と同じ書き方になります。

1950年に中国の淮河で大きな洪水が発生しました。その洪水が起きた後、毛沢東は淮河をシッカリと管理すべきという指示を出しました。

それで中国共産党はソ連の技術者の指導で河南省で板橋ダムを含む5つの大型ダムの建設を始めました。その中で板橋ダムは最も丈夫と言われていたそうです。

その後にそのエリアの他の地方組織でも競い合ってダムの建設をし始めました。結果、そのエリアだけにある色んなサイズのダムを合わせると百ヶ所を超えていました。

共産党が起こした大躍進の社会運動の後に河南省で沢山の人が餓死しました。勿論、その大量の人が餓死した本当の原因を探るのではなく、河南省では、自然災害が起きたのは水が足りないからと言って、更にダムの数を増やしました。

一部の専門家たちは、この大量のダムは逆に危険というアドバイスをしましたが、しかし共産党のトップ毛沢東の意向と比べると、専門家の意見はあまりにも無力でした。

1975年8月、台風ニーナがかなりの勢いで中国に接近しました。中国でよく台風の被害を受けるのは海沿いのエリアになります。しかし台風ニーナは海沿いのエリアを越えて更に内陸の河南省の駐馬店市エリア迄行きました。

そのエリアは山に囲まれて、よく洪水が起きるエリアで、そのエリアに百を超えるダムがありました。当時の記録によりますと、24時間の降雨量は1,060㎜という記録的な大雨でした。

8月7日辺りから大雨の影響で一部の小さなダムが決壊し始め、状況が悪化し始めました。8月8日の夜にその板橋ダムが決壊しました。

6億㎡を超える水が一気に放出され、その勢いで他のダムも衝撃を受けて合計60を超えるダムが決壊しました。板橋ダムに一番近い街の人は、事前に危険の告知を受けて、一部の人は事前に離れた様ですが、それ以外の住民は寝ている間、水に飲みこまれました。

夜中に起きた突然の決壊でしたので、翌日に水に浮いていたのは、裸の死体ばっかりでした。その処理しきれない沢山の死体が光に当たり、腐り始め、直ぐに疫病が流行り始めました。

そのエリアの3百万人位が、水が完全に消える迄、その状況の中で、2週間以上生活をしました。

しかし中国政府はこの件を完全に報道せずに隠蔽して、現地でその災害を実際に体験した人と、彼らから聞いた人以外は、誰もその事を知らなかったです。

2005年頃から当時の災害のデータが少しずつ公開され始めて、その板橋ダムの決壊によって、直接または間接的に亡くなった人の数は22万~26万位だと言われています。

共産党はその26万人位が亡くなった災害を隠蔽して、その事に対して反省が無かったです。未だに大半の中国人は、この事件を全く知らないです。

では、そのダムが決壊する迄、河南省の地方政府が中央政府に報告をしなかったかと言うと、彼らは中央政府に状況が緊急である事について報告をしました。その報告は鄧小平の所まで行きました。

しかし、その緊急報告が鄧小平の所に行った時は、鄧小平はブリッジカードで遊んでいて、その報告を聞かないかった様です。

何故、その時、鄧小平はカードで遊んでいても、その報告を聞かなかったかと言うと、その時は文化大革命の最後の1年で、毛沢東が全てをコントロールしている神様だったので、共産党の上層部はその神様が言ったことだけをやって、自分から何かをする事を避けていた。勝手に動くとどうされるかが分からないからです。

又、鄧小平はその時、毛沢東に抑圧されて、国の事に手を出す意欲も無かったです。だから、彼はその報告を聞かない事にしたので、災害の事前準備が無かったです。

歴史はビックリする程繰り返します。先週末から中国の河南省で連続数日間の大雨があって、中国のオフィシャルな報道に依りますと、7月20日に記録に残る大雨が降って、河南省の多くの川、又はダムの水位が上がって、鄭州の様なメインの都市を含む多くの所で人の生活は大きな影響を受けました。

今流れている現地の動画を挙げましたので、そのリンクを動画の説明欄に置いておきます。(ここでは太字部分)

今、中国のオフィシャルな報道では、今回の雨は百年に1回起きる、千年に1回起きると宣伝しています。5千年に1回起きると報道しているメディアもあります。中国の災害の報道を見ると、よく百年に1回、千年に1回という言い方を聞きますが、彼らがこの様な宣伝をする時は、根拠を示さないです。

これは単純に中国政府が自分の責任から逃げる為の言い訳に過ぎないんですね。

三峡ダムが建設された時は、1万年に1回の洪水を止める事が出来ると宣伝をしていました。でも、その1万年が段々千年になって、百年になって、そこから全部の希望を三峡ダムに託してはイケナイという言い方になりました。これも彼らが万が一三峡ダムに何かが起きた時、その責任から逃げる言い訳を作っている事になります。

中国で自然災害が起きた時、地方政府のトップが先ず考える事は、如何に自分のキャリアを守るかという事です。大雨が来ると分かった時に、基本やらないといけない事は、ダムにある水を或る程度事前に流す事です。

勿論、事前に水を流す時は、一部の地域で損害が出るかもしれません。でも、計画的な放水は、これから来る大雨を貯める為のスペースを空ける事が出来ます。

地方政府のトップにとって、一部の損害が起きるのはどうでも良い事なんですが、問題は自分が出した事前に放水した命令によって損害が起きると自分のキャリアに影響が出ます。

又、これ以外に、一部の地方政府はダムの発電で収益を得ている事がありますし、ダムで水を貯めて、水が足りない時に、水を農家に売る事もあります。つまり、彼らが折角貯めた水を流してしまうと経済面で損失を受ける事になります。

ですので、自分のキャリアを守る目的で、経済面での利益を守る目的で、ダムの水をギリギリ迄出さない事を選んで、雨が奇跡的にやんでくれる事に賭けます。

では、その賭けで負けた場合、ダムにこれ以上水を貯める事が出来ないとなった時に、彼らがやる事はこっそり水を排出する事です。その理由も同じくダムの水を放出する事で何か損害があった場合は自分のキャリアに影響が出るからです。

でも、大雨の時にダムから水をこっそり排出すると、その水はダムからの水かそれとも雨水かが分からない事が多いです。

現場の動画を見た方なら分かると思いますが、普通の雨水の場合は、いくら雨が大きいといっても、水が溜まって、ゆっくりした流れが出来る事が多いです。しかし、普通のトウシの中でその水の流れは明らかにオカシイです。

つまり、その水は雨水ではなくダムから排出された水です。それ以外に明らかにオカシイ事があります。2日前に河南省鄭州市の近くにあるアルミの製造工場でかなりの爆発が起きました。

その理由は工場に入った水が溶解した高温のアルミニウム合金と接触して爆発が起きました。その工場は2002年に作られた工場で、5百名位の従業員がその工場で働いています。

この20年近く稼働しているかなりの規模があるアルミの工場が水が入ってくるとどれ位危険かが分からない筈がないです。つまり、この工場は現地の政府から、チャンとした極端な天気の通告を受けていない可能性が高いです。

又、皆さんは既に、地下鉄に浸水した動画を見たと思います。今日、私がアップした現場の動画を見て、その状況で地下鉄が運営したのがオカシイというコメントを頂きましたが、正にその通りで、普通は地下鉄に水が浸入した時は、地下鉄が止まって、地下鉄に居る全員を安全な場所に移動させます。

又、普通の人が地下鉄に水が入っている事をみると、そもそも地下に入らないです。洪水の時、地下に行くのはあまりにも危険だからです。

このポイントから考えると、かなり短時間で地下鉄にそれ程の水が入ってしまった事になります。普通は単純に雨が降った場合は、その様な水が一気に地下鉄に入る事はないです。

という事は、鄭州の周辺にあるダムで放水した可能性が高いし、しかもそれは事前に通告がない、こっそり出された水です。又、そもそも、先週末から大雨が降っていて、鄭州では大雨の警報迄出ていました。

それでも地下鉄が通常運転した事から、政府は自分が果たすべき役割を果たしていない。この様な悪天気に対応するシッカリした態勢が整っていない事が分かります。

では鄭州で、この様な大雨の天気に対応出来るインフラが無いでしょうか?2017年、鄭州市は2017年から2030年迄の都市計画を発表して、2020年迄、530億人民元、日本円で言うと9千億円位の投資をして、スポンジ都市のプロジェクトを作る事を発表しました。

スポンジ都市というのは、政界をコントロール出来るシステムがある都市ですが、その投資がどこに行ってしまったでしょうか?

では、大雨が降っているのに、何故、そこの住民たちが、いつも通り外に居るかというと、彼らは今回の天気の危険性について、あんまり認識していなかったからです。

先週末から河南省で大雨が継続しているのに、中央テレビ局で、ドイツの洪水の事ばっかり報道して現地政府の落ち度について繰り返し報道していました。

又、鄭州の道路で水が急速に流れた時、河南省のテレビ局で反日ドラマの放送をしていたそうです。

だから中国共産党は国民が正しい情報を入手するとても重要なルートであるテレビの放送を完全にコントロールして国民に本当の情報を伝える事をしなかったです。

7月21日の夜1時に鄭州のオフィシャルなサイトで情報公開し、7月20日の朝10時30分から鄭州市の周辺にあるダムから放水をし始めたという情報を出しました。

この情報が出たのは、既に放水し始めて14時間経った後です。という事は、彼らは最初、こっそりと水を排水する事を考えていたが、あまりにも大きな惨劇が起きたので、その事を隠蔽しきれず、一応通知をしましたという形で、後から放水をした事の通知をしました。

アップルのiphoneを生産しているフォックスコンは鄭州に3つの工場があって、合計90を超える生産ラインを持っていて、35万人を超える従業員が居ます。世界中の半分位のiphoneは鄭州で生産されています。

この鄭州市にあるフォックスコンの輸出額は、この鄭州市の輸出額の8割を占めます。今のところフォックスコンの生産はそこ迄影響を受けていない様です。

又、日産も現地で工場を持っていますが大きな被害を受けていない様です。此処でiphoneの生産の話をしたのは、特に人が死んでいるのに、iphoneの生産の心配をしているワケではありません。

鄭州にこれ程の重要な企業があるという事は、これから河南省が救助活動を行う時にその救助活動の中心を鄭州の様な経済面で重要な地域に於いて、フォックスコンの工場があるエリアを全力で守ることになります。

でも救助活動の重心を鄭州に置くと、その周辺にある農村地帯に分けられる力が減ってきます。今、流れている動画は鄭州市の中の状況です。

でも農村エリアの場合は、インフラ施設が弱いので、この様な天気になると通信が寸断して外部と連絡が取れない事が多いです。ですので、私たちが見えない農村地区で、もっと大きな被害が起きている、これから起きる可能性が非常に高いです。

私がこの原稿を書いている時点での最新の情報に依りますと、死者が33名になりました。この数字には勿論信憑性が無いと思いますし、これからも信憑性がある数字は絶対出てこないです。

ですので、此処で細かい数字について話すのではなく、何故、この様な事が起きたのかについて話をしたいと思います。

自然災害が起きる事は避ける事が出来ないんです。でも、この様な自然災害が起きる前に、出来る準備がありますし、シッカリした態勢があれば、自然災害が起きた後も対応が出来ます。

それで人の命を最大限に守る事が出来るんですね。でも、今回の状況を見ると分かりますが、中国河南省で起きたこの災害で沢山の人が居なくなった理由は、自然災害以上に人的災害の方が大きいです。

冒頭で皆さんに紹介した板橋ダムと鄧小平の話に戻りますと、当時の政治雰囲気を今の政治雰囲気を比較すれば、驚く程似ている事が分かります。

共産党のトップが全ての権力を自分に集めて神様になろうとしていて、何でもかんでも自分がコントロールすると考えている。地方政府は中央の命令が無いと動かない。党内の権力闘争が中心になって、共産党の幹部は自分がやるべき事をチャンとやっていない。

共産党のトップに居る神様に良い事しか言わずに、悪い事は出来るだけ隠そうとする。この様な政党、政府がシッカリと災害の対応が出来る筈がないです。

中国の問題を指摘して、その問題を政治制度に繋いでいくと、何でもかんでも中国の政治制度に繋げるのは強引ではないかという指摘を受ける時もあります。

でも、本当の中国状況を知っている人なら分かると思いますが、中国で起きている多くの問題の根本的な理由は中国の政治制度にあります。この政治制度が変わらなければ、又、同じ理由で同じ事が起きます。

2002年のサーズと同じ状況が今回、又、起きました。子供用の毒ミルク、偽物ワクチンの問題が何回も起きました。

今回の様な災害は、今迄何回も起きましたし、勿論、体制が変わらなければ、これからも中国の何処かで同じ事がいつか又起きます。

これからもこの様な話をしていきますので、ご興味のある方は、是非、フォロー、コメント、拡散をお願いします。では、又、次回、お会いしましょう。

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史上最大の人災 隠ぺいされたダム決壊事故  中国

看中国 2020年9月24日

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決壊した板橋(バンチャオ)ダム(イメージ:Wikipedia / https://zh.wikipedia.org/w/index.php?curid=1639275


2005年5月28日、アメリカのテレビ番組「ディスカバリーチャンネル」で、「世界史における人為的な科学技術の過失による災害TOP10」という特集番組が放送された。同番組によると、世界史上、最も悲惨な人為的過失による災害は、1975年8月8日に、中国で発生した「河南省『75・8』ダム決壊事故」であった。しかしこの災害は、中国共産党政権により隠ぺいされていた。

 1994年、マレーシアで開催された某フォーラムで、中国共産党国務院長江三峡建設委員会副主任・魏廷錚は、1975年に河南省で発生したダム決壊事故について聞かれた時に、「詳しい死者数は覚えていないが、1万人を超えてはいないはず」と答えた。その理由はなんと、「ダム決壊事故の死者数が1万人を超えていたら、国際的に報道が必ず出るはずだが、そうならなかったから。」

 しかしそれは真っ赤な嘘であった。

 まず、北京政府はこの事件を隠ぺいしたため、国際社会が報道できるはずがなかった。当時の新聞を調べても、「河南省では軍民一致となり(軍人と一般人が一つになって)洪水被害の復旧を」とのニュースが数本放送されただけだったので、当時、河南省に洪水災害があったことくらいしか分からない。北京政府は、今もなお、調査報告書や事故の経緯分析などに関する詳細情報を公表していない。

 1979年、中国水利部淮河委員会は、板橋(バンチャオ)ダムを含めるダム決壊事故に関する調査報告書を作ったとのことだが、その報告書は機密文書とされ、公表されることはなかった。また、1975年8月の河南省豪雨災害に関する科学教育映像では、板橋ダムなどのダム決壊事故の内容に言及はしたが、公開放送はされなかった。筆者は1979年、大学の気象学の授業中にその映像を見たことがある。

 また、1975年、河南省の板橋ダムと石漫灘(シーマンタン)ダムの2基の大型ダム、および竹溝(ジューゴー)ダム、田崗(ティアンガン)ダムを含める58基の小型ダムの決壊事故による死亡者数は、1万人をはるかに上回っていた。

 このダム決壊災害による本当の死亡者数について、様々な主張がある。

 1982年、鄧小平は三峡プロジェクトを承認し、国内外から多くの反対を受けた際、板橋ダムなどのダム決壊事故も再び注目を集めた。喬培新、孫越崎、林華、千家駒、王興讓、雷天覚、徐馳と陸欽などの中国人民政治協商会議の全国委員会委員と常務委員らの文章によると、事故による死亡者数は23万人に達していたとのこと。孟昭華と彭傳栄の著書『中国災難史』によると、この決壊事故により、1029万人が壊滅的な洪水に見舞われ、約10万人が即座に洪水に流されたとある。そして、中国科学院大気物理研究所の研究員・蔡則怡と趙思雄の報告によると死亡者数は10万人であった。ところが水利部の報告によると、死亡者数は2.6万人であった。そして、前述したように、長江三峡建設委員会副主任・魏廷錚によると、「死亡者数は1万人を超えているはずがない」となる。

 魏の言葉の真偽を見極めるため、この河南省“75・8”ダム決壊事故のことを簡単に紹介する。

 板橋ダムと石漫灘ダムは淮河の上流の支流に位置し、淮河の治水事業における主要なプロジェクトの一部である。1950年代後半まで、貯水を唯一の目的とし、淮河では貯水池の建設に適する全ての場所に、板橋ダムと石漫灘ダムといった9基の大型ダムと無数の中小型ダムを建設した。この治水戦略は「満天の星」もしくは「ブドウの房」と呼ばれた。

 1975年8月4日、河南省一帯は台風による豪雨に見舞われた時、降雨が最も多かった2か所は、まさに板橋ダムと石漫灘ダムの上流であった。8月7日の降雨量は1,005mmに達し、中国本土気象観測所の最大の降雨量の記録を刷新した。8月4日から7日の3日間の総降雨量は1,600mmを超え、普段のこの地域の2年間の総降雨量よりも多かった。8月8日、台風による降雨の中心は河南省南部に移動した。

 豪雨が発生する数か月前、河南省南部で干ばつが発生していた。そのため干ばつ対策として、8月4日の降雨が始まってから3日間、各貯水池は放水することなく、ひたすら貯水し続けていた。降雨量が多かったため、貯水池の水位は急速に上昇し、みるみるうちに警戒レベルを超えた。結果、板橋ダム、石漫灘ダムの2基の大型ダム、および竹溝ダム、田崗ダムを含める数十基の中小型ダムは、水没決壊の事故に至った。

 ダム決壊は、8月8日の深夜1時頃、多くの人々の就寝中に発生した。洪水は堤防を崩壊し、下流の村や家屋を飲み込み、合計680万戸以上もの家屋を破壊した。ダムの下流に位置し、洪水の流れに対して垂直方向に建てられた中国の最も重要な鉄道路線である京広線(北京~広州)の線路も100キロ以上に渡り破壊された。一部の区間の鉄道路線は丸ごと消滅したり、ねじれたりしたため、京広線は18日間も運転を見合わせることとなった。

 洪水を分流させるため、やむを得ず、淮河の中下流の複数のダムを爆発させ、人工的にはけ口をつくり、被災面積を増やすことで洪水の破壊力を減らすことにした。しかしあまりにも急遽だったため、事前に情報を得られなかった多くの住民は逃げ遅れ、分流された洪水で命を落とした。この洪水災害は20以上の県と市に及び、1200万人が被災し、直接的な経済損失は約100億元となった。

 ダム決壊に多くの原因があったが、中でも最も直接的な原因は、貯水池の排水口の水門が錆び付いていて、開けることができなかったという人為的なミスが発端であった。

 8月7日、板橋ダムの貯水池の水位が警戒レベルを超えて、初めて貯水池の排水門を開けて排水をしようとした。しかし管理が不十分で、排水門は何年間も開かれることがなかったため、錆び付いていて開けることができなかったのだ。緊急を要する状況の下、排水門を開ける方法を検討する時間はなく、ダムの安全を考慮すると、爆発物で排水門を爆破することもできなかった。

 全てが手遅れであった。洪水はダムを決壊し、下流の数十基のダムをも次々と崩壊し、近辺の町に未曾有の大惨事をもたらしたのだった。

(文・王維洛/翻訳・常夏)





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